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「お口にチャック」
子供の頃ならず、人生のどこかで一度は言われたり言ったりした言葉。
いま友人へのメールでその一言を書いて、ふと疑問がわいてきました。
「はて、チャックって何語?」
はいはいはーい。
知っている人、手を挙げて?
我が家はニュースは朝はBBC、
夜は日本の動画ニュースと決まっています。
私は別に動画ニュースは見なくてもいいけど夫の好みで。
滝川クリステルを見たいが為に見てるんじゃないかと思うけど。
で、一応、日本のニュースを英語で読むというのもします。
The Japan Times Online を使っていますが、
昨日のこのニュースの見出しは勉強になりました。
Kidnapped Osakan freed in Pakistan
この誘拐事件・釈放のことを知ってはいたけど、
この見出しを見た時、被害者の方の名前ってOsakan・・じゃないよな、と疑問が。
被害者が大阪出身ということは知りませんでした。
そして、大阪の人=Osakan ということも知りませんでした。
じゃあ 東京の人 は?
「Barclays(銀行)の店舗でATMを使おうとしたら、
deposit(預金・入金)が Money In
withdrawal(引き出し・出金)が Money Out
になってた!
どこもかしこも変更されてた!」
英語教師のジャネットは職場に戻るなりその旨を同僚に報告。
「えーー!!うそー!やだー!!信じられなーい!きーーーーー!!!」
「Barclaysにクレームしてくる!そんな言葉、学校で教えてないんですけど!」
語学の先生のオフィスだけあって、皆して大騒ぎしたそうだ。
その話を聞いてHSBCを見に行くと、
deposit は Pay In、withdrawal は Pay Out になっていた。
他の銀行はチェックしていないけど、多分どこも似たような感じなのかも。
「そりゃ言葉は生きているから変わっていくけど。
自分の日常生活にあって当然の言葉が『消えていく』って変な感じよ。
"deposit" は "deposit"よ、何も難しい言葉じゃないじゃないの。
こんな風に言葉が廃れていっていいわけ?」
deposit & withdrawal。
これらは英語の授業の中で日常生活に必要な単語として教えられたと思う。
しかし、英国人の子どもの学力低下もさることながら、
移民の多さも問題になっている昨今、
「ヤサシイコトバで滞りなくコミュニケーションをはかりましょう」的な流れがあるらしい。
言葉は伝わってナンボである。
ヤサシイコトバで分かりやすく相手に伝えることは大事だ。
私は「もっと分かりやすく・・・」と考えてはみるものの
ボキャブラリーが情けないほど貧困すぎて
説明しようとすればするほど余計な言葉が増えて泥沼にはまる経験ばかりなので
的確な言葉だけ選びとれるようにしないと・・・と、いつも反省する。
でもヤサシイコトバに頼ってばかりでいいのだろうか。
deposit & withdrawal の専門用語くらい残しておかないでどうする、と思う。
まだ desposit も withdrawal も学んでいない子ども達は
money in/pay in、money out/pay out または他の表現を自然に覚えていくのだろうが、
「desposit & withdrawal 」を使う人たちが年配であればあるほど、
それが消滅していくことに対して喪失感と共に焦燥感と脅威を感じるのも無理はないと思う。
受け入れる側の体制が(永遠に)不十分な整備段階での移民の大量流入から起こる
全国津々浦々での社会的歪みが取り沙汰されているけれど、
deposit & withdrawal のこの変化もその一つだと思う。
果たして、英語が分からない移民に対する、これが銀行の「優しさ」なのだろうか・・・?
銀行の口座開設は日本のそれほど易しくない。
ただし、移民は社会的保障や、
最低賃金(以下)のどんな悪条件でも仕事と呼べる仕事があったりするので
銀行口座の開設は無職の日本人専業主婦よりも容易なのだ。
そして英語学校に登録しても働きづめで欠席続き、出席しても疲労で居眠り。
移民ネットワークで見つけた職場は英語を必要としない環境なので
何年滞在しようとも英語のレベルは変わらなかったりする。
そういう移民にあわせて変えられたコトバかも知れないけど・・・
少なくとも移民にはdeposit & withdrawal の定義や用法を教えることの方が
ずっとずっと適切な気がする。
迎合するようなヤサシイコトバにすり替えるのではなく、
ヤサシイエガオとヤサシイタイドで。
あと10日でクリスマス。
方々から「クリスマスディナー」のお誘いをいただくが
あいにく仕事が忙しいので全部お断りしている。
「夜は私でかけられないし」と言っていたら、
「昼の1時からなんだけど」と言われた。
この「ディナー」ってコトバがクセモノで、
これは別に暗くなってからの食事=夕飯ではなく、昼時にも使うのだそうだ。
特に「クリスマスディナー」はそういう「お決まりの表現」で、
「クリスマスの食事」なら何でも「クリスマスディナー」なのだそうだ。
「ティー tea」ってのもそうで、昼もお茶も夜も「ティー」。
「かる〜くお茶でも」というニュアンスで捉えていると時間の調整で「あれ?」となる。
Annaの誘いも「お茶」だと思っていたら18時以降の予定を聞いてくるので
お夕飯のお誘いだと分かった。
そう、大体は時間を決めるときに分かるものなのだけれど、
社交辞令ででもあまり頻繁に「今度お茶でも」というノリで使わない方がいいような。
考えてみればイギリス人からの「今度お茶でも」というニュアンスの誘いは
「would you like a cup of coffee sometime?」が多い気がする。
言葉というものは詩やアカデミックなそれでなければ
分かりやすくてナンボ、通じてナンボだと思っているので
万人に通じるような平易な表現が好きなのであり、
いまだ略語に慣れない部分があります。
「レンジでチン」もいう表現も抵抗があります。
「パソコン」「コンビニ」は言っちゃうけど、
ファミリーマートを略して「ファミマ」とは言えない、という感じ・・・。
日本のニュースでも略語が使われていて意味が分からない時があり、
「ニュースの時くらい略さないでくれよ〜」と思います。
そんな私が最近つい使ってしまった略語、それが
「ディスコン」&「出禁」。
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